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浦和地方裁判所 昭和57年(ワ)382号 判決

主文

一  被告は原告に対し、金二四五円及びこれに対する昭和五七年四月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

四  この判決の主文第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金三八万二四二四円及びこれに対する昭和五七年四月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者双方の主張

一  請求の原因

1  原告は、国民健康保険法(以下「国保法」という。)に基づく療養の給付を行う旨の申出を受理された聖母病院の開設者であり、かつ同法三八条の登録を受けた医師である。

被告は、国保法に基づき設立許可された法人であり、埼玉県内において国民健康保険を行う市町村、国民健康保険組合を会員とし、同法四五条五項の規定により、保険者が療養取扱機関に支払うべき診療報酬、公費負担医療費の支払事務の委託を受けているものである。

2  原告は、昭和五六年二月、国保法の被保険者に対して療養の給付をなし、その診療報酬額は一二三万六四一三円である。

なお、被告は原告に対し、昭和五六年二月分の診療報酬決定額を一二〇万一六九四円、公費負担決定額を三万四七一九円とする旨通知したにもかかわらず、被告は、右のうち八五万三九八九円を支払ったのみで、残額の三八万二四二四円を支払わない。

3  よって、原告は被告に対し、昭和五六年二月分の診療報酬の未払額三八万二四二四円及び右金員に対する本件訴状送達の翌日である昭和五七年四月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1、2の事実はいずれも認める。

三  抗弁

1  被告は、原告に対し、別表1記載の各患者及びその各傷病名に係る診療報酬分として、同表記載のとおり、合計三八万二四二四円を支払った。

2  しかしながら、療養の給付が保険診療と認められるためには、その療養の給付が保険医療機関及び保険医療養担当規則(以下「療養担当規則」という。)その他の法令に適合したものであることを要するところ、別表1記載の診療及び投薬などは、いずれも以下に述べる理由により国保法及び療養担当規則に反するものであり、原告は右診療及び投薬などにつき報酬請求権を有していなかった。

(一) 出張診療

医療法七条一項、国保法三六条ないし三九条、療養担当規則二〇条一号ハなどの規定の趣旨を総合すれば、療養取扱機関たる病院は、適正な保険医療の確保を図るため、医療上の要件を充足した医療機関の中から国保法上の指定を受けたものであり、保険医療は、療養取扱機関の病院内において行うのが原則である。

療養担当規則二〇条一号ハは、「診療上必要があると認められる場合」に往診を認めているが、それは、患者の病状が重篤で緊急を要し、あるいは患者の移動が困難な場合に限られるのである。

したがって、患者の依頼に基づかず、定期、不定期に医師が療養取扱機関以外の場所である事業所に出向いて患者を診療することは保険医療として認められず、また特定の患者の診療上必要があって往診した場合に、当該患者以外の者に対して診療をしても、その者について往診の必要性が認められない以上、その者に対する診療は保険診療とはならない。

ところで、原告は埼玉県本庄市南本町四六一五番地に聖母病院を開設して診療を行っていたものであるが、別表1記載の診療のうち、「不正、不当の理由」欄に「出張診療」と記載したものは、いずれも、原告が聖母病院外の場所である本庄食品株式会社(以下「本庄食品」という。)の事業所に定期的に赴き、昼休み時間に受診希望者を集めて行ったものか、あるいは、患者の依頼により診療に赴いた場合でも、その依頼の理由は、患者の勤務上の都合によるものであったから、療養担当規則二〇条一号ハにいう往診に該当せず、保険診療とは認められない。

(二) 無診察投薬

医師法二二条は、医師は、治療上薬剤を調剤して投与する必要があると認めた場合に処方せんを交付する旨を規定し、また、同法二〇条は、医師は、自ら患者を診察しないで処方せんを交付してはならないと規定し、療養担当規則二〇条は、投薬を診療の一内容として位置づけた上、同規則一二条は、保険医の診療は、医師又は歯科医師において、診療の必要があると認められる傷病に対し、適確な診断をもととし患者の健康の保持増進上妥当適切に行わなければならない旨規定している。

以上の諸規定に照らすと、診療を行わずに投薬することを保険診療として認めることはできない。

ところで、別表1記載の投薬のうち、「不正、不当の理由」欄に「無診察投薬」と記載されているものはいずれも診察を行わずに投薬したものであるから、これを保険診療として認めることはできない。

(三) 時間外診療

療養担当規則二二条は、保険医は、被保険者に対して診療を行ったときは、遅滞なく診療録に当該診療に関し必要な事項を記載しなければならない旨規定している。

したがって、時間外診療をしたときは、その旨を診療録に具体的に記載しなければ、時間外加算料を請求することはできない。

また、療養取扱機関が定めた診療時間外に行った診療であっても、当該医療機関がその診療時間後引き続き診療応需の態勢を整えている間に行ったものは、時間外加算の対象とはならない。

ところで、別表1記載の診療のうち、「不正・不当の理由」欄に「時間外診療不記載」と記載されているものはいずれも時間外診療に当たらないから、時間外加算の対象とはならない。

(四) 重複請求

別表1記載の診療のうち、昭和五五年八月の根岸ヒデ分一五八二円は、原告が同人に対してした同年七月分の診療報酬であって、既に被告に対して請求済みのものを重複して請求したものであり、また、同年一〇月の根岸志津江分三六六八円は、根岸いはほに対する診療報酬分を名義を変えて重複して請求したものである。

(五) 健康診断

何らの自他覚的症状がなく、健康診断を目的とする受診は保険給付の対象とはならない。

原告は、別表1記載の診療のうち、昭和五五年一一月の山田博二分につき、尿道炎の診療をしたとして、その診療報酬を請求しているが、原告は、山田博二の妻が持参した尿を検査したに過ぎず、その結果は陰性であった。

したがって、山田博二は、自他覚的症状がなく健康診断のために尿の検査を受けたものである。

(六) 定期検診の初診料

何らの自他覚的症状がなく、健康診断を目的として受診した結果、医師が特に治療を必要と認めた場合は、治療費は保険給付の対象となるが、初診料を請求することはできない。

原告は、別表1記載の診療のうち、伊藤美智子に対する各診療行為につき、初診料を請求しているが、右各診療は、いずれも、自他覚的症状によるものではなく、健康診断を目的とする定期検診をした結果行われたものであり、これにつき初診料を請求することはできない。

なお、原告は、右各定期検診につき、毎回、患者から定期検診料として一五〇〇円を徴収している。

(七) 以上により、被告は、原告に対し、支払義務がないのに、別表1記載の診療報酬額合計三八万二四二四円を支払い、原告は、これを不当に利得したものである。したがって、被告は、原告に対し、右金員の返還請求権を有している。

3  被告は、昭和五六年四月二九日ころ、原告に対し、原告の昭和五六年二月分の診療報酬債権と前項記載の三八万二四二四円の不当利得金返還債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2(一)  同2(一)(出張診療)のうち、特定の患者の求めがないのに、定期又は不定期に事業所に出張して診療することが保険診療としては認められないこと、原告が本庄食品において被告主張の患者らを診療したことがあることは認めるが、その余は争う。

原告が右患者らを診療したのは、いずれの場合も、右患者を含む特定の者から往診を求められ、本庄食品に赴いたところ、原告の来訪を知った他の患者から診療を求められたので、原告がこれに応じたものである。

したがって、特定の患者からの要請がないのに、原告が勝手に本庄食品へ出張して患者を集め、その診療を行ったというものではない。

往診の要請を受けて事業所へ赴いた際に、他の患者から診察の依頼を受けた場合に、それらの患者を診療しても成人の慢性疾患や軽度の傷病については特段の危険、不都合は考えられず、かえって仕事と家事に追われる患者の便宜に適うものである。患者に対し常に病院へ来ることを要求することは、患者から労働の機会を奪い、医療を受ける機会を奪うことになりかねない。

なお、出張診療の場合には、往診料の請求はできないとしても、その他の診療報酬の請求はできると解すべきである。

(二)  同(二)(無診察投薬)のうち、医師法二〇条が、医師は自ら診察しないで治療投薬をしてはならないと規定しており、無診察投薬は、右規定に違反し、保険診療として認められないことは認めるが、投薬の前提としての診療は、直接患者に対する問診、視診、聴打診のほか、保護者、家族に対する問診をも含むものであり、とりわけ患者が幼児もしくは老人で慢性疾患患者である場合には、保護者、家族に病状を尋ねた上、これによって投薬しても医師法二〇条に違反するものではない。

被告主張の患者らに対する投薬が無診察投薬であるとの点は否認する。

(三)  同(三)(時間外診療)のうち、保険医が被保険者の診療を行った場合には、療養担当規則で定める診療録に遅滞なく当該診療に関し必要な事項を記載すべきであること、診療録に時間外診療の記載がなく、かつ、時間外診療をしたことを証明することができないときは時間外加算を受けられないことは認めるが、その余は否認する。

聖母病院では、通常の診療時間が終了した時点で受付窓口に備え付けてある患者受付簿に赤線を引き、それ以後に受け付けた患者については、診療録の診療点数欄に時間外加算の点数を加算して、時間外診療が行われたことを記載するようにしていた。

診療録に時間外診療の記載がないという形式的な理由によって、時間外加算の請求を否定することは妥当でない。

(四)  同(四)(重複請求)のうち、昭和五五年八月の根岸ヒデ分の診療報酬が、被告主張のとおり重複請求であることは認めるが、昭和五五年一〇月の根岸志津江分は、根岸いはほの分を根岸志津江と書き誤ったに過ぎず、重複請求には当たらない。

(五)  同(五)(健康診断)のうち、自他覚的症状がなく健康診断を目的とする受診が保険給付の対象とならないこと及び原告が被告主張の診療報酬を請求したことは認めるが、その余は、否認する。

(六)  同(六)(定期検診の初診料)のうち、何らの自他覚的症状がなく健康診断を目的とする受診が保険給付の対象外であること、健康診断の結果、医師が治療の必要を認めて治療をした場合であっても、初診料の請求はできないことは認めるが、被告主張の伊藤美智子に対する各診療がいずれも健康診断を目的とするものであったことは否認する。

3  同3の事実は否認する。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因12の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  抗弁1の事実は当事者間に争いがない。

三  そこで、抗弁2について判断する。

国民健康保険においては、保険者たる市町村、国民健康保険組合が被保険者に対して療養の給付を行うこととされているところ(国保法三六条一項)、保険者に代わって右療養の給付を取り扱おうとする病院もしくは診療所の開設者は、療養取扱施設毎にその所在地の都道府県知事にその旨を申し出で(同法三七条一項)、右申出を受理された療養取扱機関が療養の給付を行い(同法三六条四項)、保険者は療養取扱機関に対し、診療報酬を支払うものとされている(同法四五条)。

そして、国民健康保険事業は、その性質上、健全に運営されなければならず(同法一条)、そのため、療養取扱機関は、厚生省令で定めるもののほか、健康保険法(以下「健保法」という。)の規定による命令(療養担当規則)に定められた準則を遵守すべきものとされ(同法四〇条)、また厚生大臣、都道府県などの指導を受けることになっている(国保法四条二項、四一条)。

以上のような国民健康保険に関する定め並びに保険者と療養取扱機関との関係が一種の準委任の関係にあると解されることなどにかんがみると、療養取扱機関としては、療養の給付に関する法令を忠実に遵守し、療養の給付を委託された趣旨に沿って療養の給付を行うべきであり、療養取扱機関がこれらから逸脱した療養の給付を行った場合には、療養取扱機関は、保険者から診療報酬の支払を受けることができないというべきである。

1  出張診療について

(一)  原告が根岸のぼる、久保みよ子、根岸志津江、根岸ヒデ、綿貫たけを本庄食品において診療したことがあることは当事者間に争いがなく、右争いのない事実及び〈証拠〉によれば、原告は、被告主張の各診療月に、被告が出張診療に当たると主張している各患者を本庄食品において診療し(具体的診療日及び各診療点数の内訳は別表2記載のとおりである。以下「本件出張診療」という。)、被告は、右各診療に対する診療報酬として被告主張(別表1)の支払額合計一七万八〇五二円を原告に支払ったことが認められる。

〈証拠〉によれば、根岸志津江は昭和五四年一月から九月までの間は本庄食品に勤務したことがないとか、同期間は原告の診療を受けたことがない旨の記載があるが、右記載は〈証拠〉に照らすと、いずれも採用することができず、また〈証拠〉によれば、原告は、監査の際、根岸ヒデ、綿貫たけに対する出張診療をすべて認めていたわけではなく、〈証拠〉には、綿貫たけは、昭和五四年九月以前に本庄食品に勤務したことがない旨の記載があり、渡辺文雄の証言及び原告根岸重浩の供述中には、出張診療日の特定について疑問を生じるような証言、供述部分があるが、別表2記載のとおり、根岸ヒデ、綿貫たけに対する昭和五四年一月から同年九月までの診療日は、すべて根岸のぼる、久保みよ子、根岸志津江らに対する出張診療日と一致しており(原告が本庄食品に出張診療をした際には、常に数名の患者を診療していた。)、右事実並びに前掲各証拠に照らすと、右記載あるいは証言、供述部分によって前記認定を覆すには足らず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  原告は、本件出張診療は、いずれも原告が特定の患者からの要請を受けて本庄食品に往診に赴いた際、右往診を求めた患者又はその際診療を求めた他の患者を診療したものであり、いずれも保険診療たる往診に当たると主張するので、この点につき判断するに、療養担当規則二〇条一号ハによれば、往診は、「診療上必要があると認められる場合」に行うと規定されており、「診療上必要があると認められる場合」とは、患者の症状により患者が療養取扱機関に赴くことが困難な場合であると解される。

したがって、患者からの要請に基づいて往診を行った場合であっても、右の要件が備わっていないときは、これを保険診療として取り扱うべきではなく、そのような場合の診療費は全額患者の自己負担とすべきものである。

そこで、本件出張診療につき右のような往診の要件が備わっていたか否かにつき検討するに、〈証拠〉によれば、本庄食品は、コンベヤー方式によりラーメンを製造している会社であるが、従業員(診療を要する高年齢者が多かった。)が作業時間中に病院へ通院すると作業に支障が生じるため、同会社の嘱託医であった原告に昼休みの時間に来社してもらい、同社の食堂で診療(その病名は、坐骨神経痛、頸腕症候群、胃炎、気管支炎、多発性神経炎、腰痛、ぼうこう炎など)を受けさせていたこと、原告は、埼玉県が行った監査の際、本件出張診療の大部分につき、それが保険診療に当たらないことを認め、その診療報酬を返納することに同意していたこと、本件出張診療に係る患者は、いずれも前記認定の出張診療日に本庄食品に出勤して作業に従事していたことが認められ、原告根岸重浩の供述中、右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、本件出張診療は、本庄食品の業務の必要性ないし患者の便宜のために行われたものと認められ、患者の症状により患者が療養取扱機関に赴くことが困難な場合であったとは認められない。

したがって、本件出張診療はいずれも保険診療には当たらないというべきである。

なお、原告は、本件出張診療につき、往診料の支払を受けることができないとしても,その余の診療報酬は請求できると主張するが、出張診療につき前記のような往診の要件が備わっていない以上、そのような出張診療は保険診療とは認められず、往診料はもとより、その余の診療報酬も請求することができず、全額患者の自己負担になるというべきである。

以上により、原告は、本件出張診療につき受領した診療報酬合計一七万八〇五二円を被告に返還すべきである。

2  無診察投薬について

無診察投薬が医師法二〇条に違反し、保険診療として認められないことは当事者間に争いがない。

(一)  原告は、患者が幼児又は老人で慢性疾患患者である場合には、患者自身を直接診察しなくても、その保護者又は家族に病状を尋ねて投薬すれば、無診察投薬にはならないと主張するので、この点につき判断する。

医師法二〇条によれば、医師は自ら患者を診察しないで治療をし、もしくは診断書、処方せんを交付してはならないとされており、また、療養担当規則一二条によれば、保険医の診療は、保険医において診療の必要があると認められる傷病に対し、「適確な診断をもととし、患者の健康の保持増進上妥当適切に行われなければならない」とされている。

そして、投薬については、「必要があると認められる場合に行う」(同規則二〇条二号イ)、「治療上一剤で足りる場合は一剤を投与し、必要があると認められる場合に二剤以上を投与する」(同ロ)、「同一の投薬は、みだりに反覆せず、症状の経過に応じて投薬の内容を変更する等の考慮をしなければならない」(同ハ)、「栄養、安静、運動、職場転換その他療養上の注意を行うことにより、治療の効果を挙げることができると認められる場合は、これらに関し指導を行い、みだりに投薬してはならない」(同ニ)などと規定されており、これらの諸規定が投薬の具体的な方針について厳格な基準を設け、医師の的確な診断を要求していることにかんがみると、医師が患者を直接診察することなく、保護者又は家族から間接的に患者の症状を聴取しただけで投薬を行うことは、保険医療機関に委託された保険診療の範囲を逸脱するものであり、これを保険診療として認めることはできないというべきである。

したがって、原告の前記主張を採用することはできない。

(二)  そこで、被告の主張する無診察投薬の有無について検討するに、〈証拠〉によれば、原告は、被告主張の各診療月に、被告が無診察投薬に当たると主張している各患者(ただし、昭和五四年一〇月の針谷亜矢子に関する分を除く。)につき、無診察で投薬をなし(具体的診療日及び各診療点数の内訳は別表3記載のとおりである。)、被告は、右各無診察投薬に対する診療報酬として被告主張(別表1)の支払額合計一七万九四四五円(ただし、被告は、針谷亜矢子に係る昭和五四年一一月分の支払額三二三四円、昭和五五年四月分の支払額一〇五〇円につき、無診察投薬分と時間外診療不記載分の内訳を主張していないが、甲第一一号証の一、丙第二号証によれば、昭和五四年一一月分の支払額三二三四円のうち、無診察投薬分は同月七日分及び二八日分の合計二八一四円(四〇二点)であり、甲第一一号証の二、丙第二号証によれば、昭和五五年四月分の支払額一〇五〇円のうち、無診察投薬分は同月一〇日分の六三〇円(九〇点)である。)を原告に支払ったことが認められ、〈証拠〉中、右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

被告は、昭和五四年一〇月分の針谷亜矢子の気管支炎に係る支払額六六五円につき、無診察投薬分と時間外診療不記載分の内訳を主張していないが、〈証拠〉によれば、被告主張の右六六五円の内訳は、昭和五四年一一月二二日分の外用調薬処方三五点(二四五円)と同日の時間外加算六〇点(四二〇円)の合計九五点(六六五円)であることが認められるところ、原告は、右二二日には針谷亜矢子を診察していることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

したがって、昭和五四年一〇月分の針谷亜矢子の気管支炎に係る支払額が無診察投薬に係るものであるとの被告の主張は失当である。

以上により、被告の主張する無診察投薬のうち、前記認定の一七万九四四五円は被告主張どおり無診察投薬に係るものであり、原告は、これを被告に返還すべきであるが、その余については返還義務を負わないというべきである。

3  時間外診療について

(一)  〈証拠〉によれば、原告は、被告が、「時間外診療不記載」であると主張している各診療(具体的診療日及び各診療点数の内訳は別表4記載のとおりである。以下「本件時間外診療」という。)につき、時間外加算(乙第一〇号証によれば、診療時間外の診療については、初診の場合は六〇点(四二〇円)、再診のときは五〇点(三五〇円)が加算される。)を請求し、被告は、時間外加算として被告主張の支払額(ただし、針谷亜矢子の昭和五四年一〇月分の主張額六六五円、同年一一月分の主張額三二三四円、昭和五五年四月分の主張額一〇五〇円については、時間外加算分と無診察投薬分との内訳が明らかではないが、〈証拠〉によれば、時間外診療に係る分は、右各金額のうちの四二〇円であり、その余は無診察投薬であると認められる。)合計一万一六九〇円を原告に支払ったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  被告は、療養取扱機関が時間外診療を行ったときは、その旨を診療録に具体的に記載しなければ時間外加算を請求することができないと主張するので、この点につき検討するに、療養担当規則二二条によれば、保険医は、患者の診療を行った場合には、遅滞なく所定の診療録に当該診療に関し必要な事項を記載しなければならず、また、同規則八条によれば、療養取扱機関は、右診療録に療養の給付の担当に関し必要な事項を記載すべきこととされており、右各規定の趣旨にかんがみると、時間外診療を行ったことは、療養の給付の担当に関する必要事項として、診療録に記載すべきものと考えられる。

しかしながら、診療時間外の診療をしたか否かを、右診療録の記載の有無のみによって決するのは相当ではなく、それは時間外診療を実際に行ったか否かの実体によって決せられるというべきであり、診療録に右記載がない場合であっても、療養取扱機関が時間外診療を行ったことを証明すれば、時間外加算の支払を受けることができるというべきである。

(三)  ところで、〈証拠〉によれば、聖母病院の診療時間は午前九時から午後五時までであり、午後五時のベルが鳴ると、受付簿に赤線が引かれ、それ以後に受け付けた患者は時間外診療として事務処理されていたこと、そして、受付係事務員が午後五時に交替し、交替後の事務員が、午後五時以後に診療を終わった患者の診療録の診療の事実欄の「初診」「再診」の点数欄に、初診のときは「+六〇」、再診のときは「+五〇」と書き加えていたこと、本件時間外診療については、診療録の診療の事実記載欄に時間外診療を行った旨の直接的な記載はないが、右のような時間外診療を意味する点数が記載されていたことが認められ、右事実によれば、本件時間外診療はいずれも午後五時以後に来院した患者に対してなされたものであると認められる。

(四)  被告は、療養取扱機関が定めた診療時間外の診療であっても、当該医療機関が診療時間後引き続き診療応需の態勢を整えているときは、時間外加算の請求をすることができないと主張するので、この点につき検討するに、〈証拠〉によれば、時間外加算は、療養取扱機関が診療応需の態勢を解いた後に、急患等のやむを得ない事由により診察を求められた場合に、再び診療を行う態勢を準備しなければならないことを考慮して設けられたものであり、療養取扱機関が診療時間を表示している場合であっても、各都道府県の医療機関における診療時間の実態、患者の受診上の便宜等を考慮して社会通念上妥当と認められる一定の時間以外の時間をもって時間外として取り扱うこととし、その標準は、概ね午前八時前と午後六時以後とされていること、右により時間外とされる場合においても、当該療養取扱機関が実態的に診療応需の態勢をとり、診療時間内と同様な取扱いで診療を行っているときは、その間の診療を時間外診療として取り扱わないとされていることが認められ、右事実によれば、時間外加算の対象となる診療に当たるか否かは、当該医療機関の表示する診療時間を基準として決すべきものではなく、当該療養取扱機関が実態的に診療応需の態勢をとっている時間を基準として決すべきである。

そこで、本件時間外診療が時間外加算の対象となるか否かについて検討するに、〈証拠〉によれば、聖母病院においては通常午前九時から午後九時まで診療をしていたことが認められ、右事実並びに〈証拠〉及び弁論の全趣旨を総合すると、本件時間外診療は、いずれも聖母病院が通常の診療応需の態勢を解いた後に行われたものであると認めることはできないので、原告は、本件時間外診療につき時間外加算を請求することができないというべきである。

以上により、原告は、別表4記載の各診療につき受領した時間外加算合計一万一六九〇円を被告に返還すべきである。

4  重複請求について

別表1記載の昭和五五年八月の根岸ヒデに係る診療報酬(一五八二円)が被告主張のとおり重複請求であることは当事者間に争いがなく、同表1記載の昭和五五年一〇月の根岸志津江に係る診療報酬のうち被告が重複請求であると主張する三六六八円が同人の診療に係るものではなく、根岸いはほの分を書き間違えたものであることは原告の自認するところである。

以上によれば、原告は、昭和五五年八月の根岸ヒデ分として支払われた一五八二円及び同年一〇月の根岸志津江分として支払われた三六六八円合計五二五〇円を被告に返還すべきである。

なお、原告が根岸いはほの分を本訴において請求するのであれば、予備的請求の趣旨、原因(根岸いはほの診療年月日、診療内容、点数、金額)を追加すべきである。

5  健康診断について

自他覚的症状がなく健康診断を目的とする受診が保険給付の対象とならないこと、原告が別表1記載の昭和五五年一一月の山田博二に係る診療報酬三四〇二円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、山田博二が原告に尿検査をしてもらったことがあるが、それは、同人の妻が膣カンジダ症のため聖母病院に通院していたとき、原告の指示を受けて感染の有無を検査したものであり、その際、山田博二は、聖母病院には行かず、妻が夫の尿を聖母病院に持参して検査してもらったことが認められ、〈証拠〉中、右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上によれば、山田博二に対する前記健康診断は保険診療には当たらないので、原告は、昭和五五年一一月の山田博二に係る診療報酬三四〇二円を被告に返還すべきである。

6  定期検診の初診料について

自他覚的症状がなく健康診断を目的とする受診が保険給付の対象とならないこと、健康診断の結果、医師が治療の必要を認めて治療した場合であっても、初診料の請求はできないことはいずれも当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、伊藤美智子は昭和五四年六月一二日に聖母病院において出生し、その後、昭和五四年九月一四日、一一月二〇日、一二月一八日、昭和五五年一月一八日、二月一六日に定期検診を受け、その際、別表1記載の各傷病名の治療を受けたこと、原告は、右各定期検診の都度定期検診料(患者の自己負担)として一五〇〇円の支払を受けたにもかかわらず、被告に対し、右各定期検診日の初診料として八六八円(〈証拠〉によれば六歳未満の乳幼児に対する初診料は一二四点で八六八円であることが認められる。)の診療報酬を請求し、これを取得したことが認められ、〈証拠〉中、右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上によれば、原告がした前記各治療は、健康診断の結果、治療の必要を認めて治療したものであるから、このような場合には、前述したように、初診料を請求することはできないというべきである。

したがって、原告は、前記認定の伊藤美智子の初診料五回分合計四三四〇円を被告に返還すべきである。

7  以上1ないし6において判示したところによれば、被告は原告に対し、合計三八万二一七九円の不当利得返還請求権を有することになる。

四  〈証拠〉によれば、被告は、昭和五六年四月二九日ころ、原告に対し、原告の昭和五六年二月分の診療報酬請求権と被告主張の不当利得返還請求権(三八万二四二四円)とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたことが認められるところ、前記三の認定事実によれば、右相殺は三八万二一七九円の限度で効力を生じたものというべきである。

五  以上によれば、原告の本件請求は、金二四五円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五七年四月二〇日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

よって、原告の本件請求を右理由のある限度で認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋 正 裁判官 鈴木航兒 裁判官 合田智子)

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